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日航機ジャンボ墜落事故から30年

 2015/08/12 日記  
日航機

私の父親は警察官だった。

今はもう定年退職している。

今から30年前、私は中学生だった。

父親は典型的な亭主関白タイプであり、また警察官ということもあり余計に厳格な父親であった。

私は小さい頃から野球をやっており、ほとんど家にいる子ではなかった。

父親も職業上、土日祝日、お正月、お盆などが休みになることは皆無であり、事件事故があれば休みでもすぐに本部から招集されるような状態であったので家にいることも一般的な家庭に比べると少なかったと思う。

だから、父親とどこかに出かけるとか、遊んでもらったという記憶はほとんど無い。

故に、家族での和気あいあいとした時間を過ごしたという記憶はほとんど無い。

私が中学生の時の夏休み、私と父の休みが幸運にも重なり家族で出かけることになった。

30年前の夏休み。

そう、つくば科学万博が開催されている期間だった。

貴重な家族全員での家族旅行。

中学生のわたしは楽しみで仕方なかった。

当日早朝、家を出発。

父親が拳銃を警察署に預けてから行くと言い、警察署に寄る。

父親が警察署に入ってからなかなか出てこない。

ようやく車に戻ってきたが、開口一番。

「ごめん、仕事だ、、、、」

日航機ジャンボがつい数時間前に墜落したのであった

もちろん管轄のエリアではなかったが大事故なので行くしかなかった

母も私も弟もショックは隠しきれなかった。

多分泣いていたと思う。

帰りの家までの車中は無言だった。

当時は憎んでいた

警察、、、

日航機ジャンボ墜落、、、、

せっかくのウチの家族の楽しみを奪いやがって!

正直な話だ。

これがきっかけだった。

大人になったら、父親が築いてきたような家庭は作らないようにしようと思った。

それから約18年後、結婚し子供が出来て家族をもった。

現実は違った。

結婚して約10年間、家庭をかえりみない仕事人間だった。

朝から晩まで休みなく、家事も子育ても何もかも全て、奥さん任せだった。

頭の中ではわかっていたけど、幼少期にすごした家族という経験が、知らず知らずのうちに刷り込まれ、洗脳されていたのかもしれない。

父親像というものを、、、、

先日も書いたが、海外がきっかけで我に帰り、昨年から家族との時間を過ごすようにライフスタイルをシフトした。

3人目の子供にして初めて、

オムツ交換を覚え、、、

赤ちゃんのお風呂の入れ方を覚え、、、

泣き止ませ方を覚え、、、

ご飯をあげ、、、

家のトイレを掃除し、、、

お風呂を掃除し、、、

掃除機をかけ、、、

食事をつくり、、、

洗い物をし、、、

初めてすることばかりだ。

仕事をしていた方が何倍も楽だ!

世のママたちは大変だ

経験して初めてわかった。

けど、男性が子育てと家事をすることが重要なことが最近ますます感じてきた。

仕事上でもプライベートでも、子育てと家事を経験した人と、そうでない人の違いがわかるようになってきた。

言動や行動、表情などに出てくる感じがする。

自分自身、子育てと家事を経験して人間的に成長しているのを実感する。

妻からも言われる。

嬉しいことだ。

これからの若い男性には是非、家事に子育てに励んでもらいたい。

きっとハッピーな生活が待っていると思う。

私の父親は子育てというものをほとんどしていない。

だから、孫、私の子供達への接し方というものがわかっていないようだ。

孫たちを連れて行っても、孫たちもおじいちゃんになつかないし、じいちゃんも孫たちにどうしたらよいかわからないので次男坊は泣きっぱなし^ー^

今日も夜から、おじいちゃんちに子供たちを連れて行こうと思うのだが心配だ。

仲良くなってくれることを望む。

仮に、私に孫ができたとしてもおそらく大丈夫だろう。

今、子供たちにせっすることを経験しているから、、、、

日航機ジャンボ墜落事故の方々には、ご冥福をお祈り致します。

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