【モンスーンカフェ ララポート 東京ベイ店】 人生で大切なことはすべてシャアから教わった

奥様と2人でモンスーンカフェランチ
モンスーンカフェといえば
グローバルダイニンググループ
あの
ラ・ボエムや
ゼストで
一時期は人気をはくしたグループ会社だ
ラ・ボエムといえば
今話題のあの映画
「君の名は」
にも出てくる
オシャレなカフェレストランだ
「君の名は」に出てくる店舗は新宿御苑店だが
以前有名だったのは世田谷店だ
当時は今ほど店舗数もなく
芸能人、有名人がこぞって利用していたほど人気のお店だった
当時、駒澤大学生だったボクは
地下鉄新玉川線駒沢大学駅の一つとなりの
三軒茶屋駅まで行き
そこから徒歩で
ラ・ボエム 世田谷店によく行っていた
ボクの友人経営者も
グローバルグループで働いていた経験があるので
色々と話を聞いて知っているのだが
スタッフのモチベーションを上げるシステムは
素晴らしいなあと単純に感じた
ランチはブッフェなので
食べ放題だが
メインディッシュを1つ選べる
他にも3種の前菜がつき
サイドメニュー
フォー
ドリンク
サラダ
デザートなどは食べ放題だ
金額は1680円で
時間制限80分
小学生は980円
小学生未満は、なんと無料
こちらは選べるメインディッシュのうちの一つで
期間限定のタイ風の豚肉丼
こちらもメインディッシュのうちの一つ
グリーンカレー
ココイチ時代もグリーンカレーはあったが
さすがにこっちの方が美味しい^-^
こちらはメインディッシュといっしょに
ブッフェ形式で食べ放題の品々
平日の昼間ということで
小さいお子様連れが、多数訪れている
来客のおよそ半分くらいは、お子様連れではないだろうか?
なんとも、ほのぼのとした光景である
こんな光景を目にすると
「日本は本当に少子化なのか?」
と目を疑うようである
次男坊は4歳でまだまだ小さいのだが
1歳2歳の赤ちゃんを見ていると
「もう一人欲しいなあ~」
と思ってしまう
物凄く大変なのはわかる
分かるんだけど
それ以上のものを
赤ちゃんからはもらうことが出来る
何物にも代えられない
あの感情を体験できるのは他にあるのだろうか?
いやない!
人生において
赤ちゃん以上のプレゼントなんて
この世には存在しないのだ
そんな話を奥様としながら
「4人目行くか?」
なんて言うと
奥様は
「本当に????????」
とびっくりした様子で返すので
確かにそうだよな
長男が産まれてから14年
長女が産まれてから7年
次男が産まれてから4年
ずっと大変な思いだった奥様
やっと次男坊も色々と一人でできるようになって
だいぶ子育ても楽になってきたのに
また振り出しに戻るとなると
女性にとっては一大事なことだ
男なんて体も生活も何もかわらない
何も支障をきたさない
改めて奥様の偉大さ
女性の偉大さというものを最確認する
そんな中
共働き子育てのしやすい街ランキング2016が発表された
東京を除くと
全国ランキング1位に千葉県浦安市
2位に船橋市とランクイン
この2市は急速に待機児童解消や保育士の待遇改善などに
積極的に取り組んでいる
非常に素晴らしいことだ
そして、その浦安市と船橋市にはさまれている
私の住む市川市
50位にもランクインしない圏外
どうなってるんだ市川市!
まあ保育園建設が取りやめになり
全国ニュースで話題になってしまうような市だから仕方ないのであろう
市川市民として悲しい、、、、
市川市のすみっこに住んでいるボクは
少し行けば浦安市
少し行けば東京都江戸川区
江戸川区と言えば都内でも子育て世代を優遇する区として有名な区
なんでボクは市川市にマンションを購入してしまったんだろう
マンション購入当時は子供は長男のみの3人家族だったので
部屋もちょうど良かった
今となっては子供が更に二人増え5人家族
さすがにキャパオーバーの間取りになってきてしまった
家を買い替えて
浦安や江戸川区にでも引っ越そうかと、たまに考えたりしてしまう
けど
子供の転校とかを考えると
ボク自身が何度も転校し、そのつらさを良くしっているし
子供達にはその経験をさせたくないのもある
転校生だと幼なじみという友達が出来ない
もちろんボクにも幼なじみという友達はいない
子供達には幼なじみという友達を作ってもらいたいので
子供たちが大きくなるまでは、引っ越しはおそらくしないことになるだろう
と
表面上は思っているのだけれど
何十回も引っ越しを経験してきたボクは
同じ場所に住み続けることが
違和感というか
飽きてしまうというか
新たな経験が出来ないというか
言葉の適切な形容の仕方はわからないのだが
心の奥底、無意識下のなかで
出来なくなってしまっているようだ
仮に子供たちが大きくなり、独り立ちしたら
引っ越すと思うのであるが
その時はもう「子育てしやすい街」
でなくても関係ないので好きなところに住むことが出来る
地元という概念がボクには存在しないので
住む土地にたいしての愛着間というものは
それがある方に比べると希薄なのである
けど半面
子供たちが家を出て行ってしまうことを考えると
「寂しいんだろうなあ、、、」
なんていうのを
奥様と食事をしながら語り合うのであった、、、、、、
こんな時どうすればいいかは
ジオン共和国創始者 ジオン・ズム・ダイクンの息子
シャア・アズナブルは教えてくれる
機動戦士ガンダム 第二話
「ガンダム破壊命令」の場面の
こんな言葉が参考になる
「戦いとは、いつも二手三手先を考えて行うものだ!
スレンダーは脱出した
ということは
逆もまた可能ではないのかな、、、、」
ザク3機を失い、ドズル中尉に伝え
補給の約束をとりつけたが
その前にひと作戦起こすという
待ち時間を惜しむという
シャアの自信と行動力
まさに
ボクの子供たち3機がいつか旅立つ
それを待っているのではなく
それまでに出来ることは山ほどある
今日もシャアから教わった、、、、、、、
シャアの名言はこちら→ジオン共和国創始者 ジオン・ズム・ダイクンの息子 シャアアズナブル